大学を出て就職をして一年半経ったくらいに大学の教授だったモレノに『おもしろいのが入った』という知らせがニールの元に入った。
大学の薬学部を経て製薬会社に入ったニール・ディランディは大学の教授から再三『企業に入るなんて酔狂な奴だ』と言われていた。
教授たちに言わせればこのまま大学院に入り将来は自分たちと同じような教授の道へと行って欲しかったようだが、ニールは企業へ就職という道を選んだ。
教授なんて誰にでもなれるわけではないし、何より早く安定した収入を得たかったというのが本音だった。
やりたい研究はまだまだあったが、理想と現実はそううまくはいかない。
とはいえ、そうやって声を掛けてもらえるだけでもありがたいとニールは休日に大学の研究室に向かった。
久々に通る道を懐かしみながら研究室の扉をノックした。けれども中からの反応はなくニールは首を傾げた。
誰も居ないのかと思いながら扉に手を掛けて開けようとした瞬間に中から扉が開いた。
「!?」
思わぬ出来事にニールは驚いたが、それは中から出てきた人物も同じだったようで驚愕した表情でニールを見つめていた。
「お、驚いた。居るなら返事してくれ」
ニールが再三ノックしたことを告げると相手は首を傾げまったく気付かなかったという反応をされてしまった。
「すまない。おもしろい資料を見つけてしまったから、つい夢中になったみたいだ」
よく見れば端麗という言葉が当てはまるほど綺麗な顔をした少年は手にしていた文献を見つめていた。
その文献はニールもかつて見たことのあるものだった。
「ああ。それはおもしろいな。一度目を通すと為になるし夢中になるのもわかる」
「……」
ニールの言葉にその少年は驚いてニールを見上げた。その反応にニールは首を傾げる。
「なんか、変なこと言ったか?」
「いやっ……」
「なんだ、ニールじゃないか来るなら来るで連絡寄越せよな」
ここの研究室の責任者でもあるモレノがニールの姿を見つけ廊下で声を上げる。
「モレノ教授……」
一応、メールはしてあったはずなのだが、多忙なモレノはどうやらメールボックスを開いていないらしい。
ここでその文句を言ってもしょうがないので、ニールは苦笑するしかない。
「……ニール?」
「ん?ああ、ここの卒業生のニール・ディランディだ。名乗るのが遅くなっちまったな。えっと……」
「ティエリア。ティエリア・アーデ」
「よろしく、ティエリア」
ニールはティエリアに笑みを向けて言うとティエリアは視線を逸らし、呟くようにニールによろしくと返した。
「立ち話もなんだから、早く中に入れ」
「ああ、わかったよ」
「ティエリア、わるいがコーヒー頼めるか?」
モレノの言葉にティエリアは頷いて行こうとしたのをニールは思わず手首を掴んで止めた。
「その資料があると邪魔だろう、置いていった方がいい」
「あっ」
確かにとティエリアは手にしていた資料を研究室の小さなテーブルの上に置き外へと出ていった。
「今年入った子ですか?」
「そうだ。アイツだアイツ、お前に会わせたかった奴だよ」
どうやら、ティエリアがモレノが言う『おもしろいのが入った』その人物らしい。
けれど、先ほど接してみたがそんな人に言いたくなるような変わり者には見えない。
「どう『おもしろい』んです?」
「まあ、そうだなぁ。まず研究テーマがお前を一緒だ」
「えっ……」
ニールがテーマとしていた、研究は太陽炉の量産型である疑似太陽炉から出る粒子による体内汚染とその汚染を除去する為の薬の研究だった。
疑似太陽炉はその毒性がわかったことで廃止となり、体内汚染者が増えることはなくなったが、汚染者が為す術なく死亡している事実はなくなっていない。
汚染者は徐々に体内が蝕まれていくのを今か今かと恐れながら生きているという現実はなくなっていない。
それが許せないニールは今となっては不治の病となっているこの汚染者のための薬をと、誰も触れなかったものを研究テーマとした。
けれども、これまで何人もの研究者がどうにもならなかったものは一介の学生の研究でどうにかなるわけでもなく、頓挫したままの卒業となってしまった。出来ることならばやり続けたかったが、現実は許してはくれずニールは就職という道を選んだ。
その誰もやろうとは思わないものをティエリアも選んでいるというのは確かにモレノが自分に教えたくなるのもわかった。
先ほど、ティエリアの手にしていた文献もその関連のものだ。
研究している人が少ないとわかっている中、あの資料が役立つということを知っているニールは珍しいと思ってのさっきの反応だったのだろうとニールは合点がいった。
「それは確かに珍しい」
「だろ」
コンコンというノックとともに戻ってきたティエリアの腕の中には結構な数の缶コーヒーがあった。
一本はモレノが好きな銘柄のブラックコーヒーなのはわかり、モレノは当然のようにそのコーヒーをティエリアの腕の中から取ってしまった。
ニールも自分の好きな銘柄の微糖のコーヒーを見つけ取り出す。
それを見届けてティエリアが安堵したような表情になったのをニールは見逃さなかった。
ティエリアはニールの好きなコーヒーの種類がわからなかったから自動販売機に入っているコーヒーを一種類ずつ買ってきたのだろう、そしてその中にちゃんとニールの好きなコーヒーがあったことにホッとしたのだと、ティエリアは腕の中にある残りのコーヒーを研究室に備え付けてある冷蔵庫に入れその中から一本取り出した。
そして先ほど置いた資料を手にして一礼すると研究室を出ようとしたので、ニールは慌てて引き留めようとした。
「あっ」
「ティエリアもここにいるといい。どうせ、ニールはお前に紹介しようと思ってたんだ」
モレノがニールよりも先にティエリアを引き留めた。
「お前の研究は俺よりもニールの方が詳しいからな」
モレノの言葉にティエリアは手にしていた資料をギュっと握りしめていた。
「俺の知ってることでよければ」
確かにこの研究テーマはモレノも多少知ってはいるが所詮知っている程度なので、ここは同じ物を研究していたニールの方が適任であるのは明らかだ。
けれど、本来の目的はそっちだったのかと、あとでモレノに一言言わせてもらわなければと思いながらティエリアの表情が和らぎ研究室の椅子に腰掛けたのを見てニールはこういう縁もあるかと感じていた。
to be.....