*carbuncle


Re-Collection

The angel's blindfold

着いた先はプトレマイオスほど広くはないが、十分食事が取れるスペース。
目の前に食事を用意までされたのに観念したのか、ティエリアは静かに食事を始めた。
「ティエリア、何で食事をしなかったんだ?」
「それはアレルヤ・ハプティズムですか?それともスメラギ・李・ノリエガからの情報ですか?」
二人の名前をすぐに口にするティエリアに、ロックオンは溜息を溢す。
「ティエリア。分っているのに、どうして食事を採らなかったんだ?」
「お腹が空かなかったし、食べたいと思えなかった」
ティエリアはそう言うと、手にしていたスプーンを置く。しかし、その中身は全く減ってはいない。
「少しでもいい、食べれるだけ、食べればいいさ」
その言葉にティエリアは小さく頷き、再びスプーンを手に取った。


ロックオンはいつになくゆっくりと食事をし、ティエリアは久々にまともな食事を採った。
今まで話せなかった分を話そうと、ロックオンは食事が終わっても席を立たず、そのまま話かけた。
「俺のこと、避けてた?」
思い切って気になっている事を聞いてみることにした。
聞かずにいるよりは聞いてみてすっきりした方がいいだろうと思ったからだ。
ティエリアは一瞬瞠目したが、意外とあっさり答えが返ってきた。
「貴方に会わせる顔がなかった」
「会わせる顔=c?」
ロックオンが反復する言葉に頷き、ティエリアは言葉を続けた。
「私は貴方を守ると決めていた」
真っ直ぐ見詰められ告げられた言葉は、ロックオン自身は知らされていないティエリアの想い。
あの日、扉にロックが掛けられていた事。出撃してきたロックオンに声を掛けてきた事。そのすべてがティエリアの密かな決意によってのものであった事。
「けれど、結局は出来なかった」
ティエリアはギュっと手を握り締め、「そして」と続ける。
「貴方は、いなくなってしまった」
手は握ったまま俯き、唇を血が出るのではと思う程に噛み締める。「噛むのは止めろ」と注意しようと口を開き掛けると、ティエリアは更に続けた。
「ならば貴方の為に最後まで戦い抜こう…そう思っていたのに、まだ自分は此処にいる」
最後の戦いは全員がボロボロになりながら戦い抜いたと話しに聞いていた。
ティエリアも瀕死ではないが重傷だったと。
ロックオンはティエリアの話しを聞きながら、前以上に人間らしくなったと感じていた。



to be.....

seirious

何気ない日々というものがあるのだと知ってしまった。
生か死か、常にその中にいて、計画の中でしか生きてこなかった自分にも、こういった何でもない一日が送れる。
それは、許されるとは思ってはいない、ただその日々の為に戦っている、闘っていた人たちがいた。
そういう人たちがいるということも知った。
自分の中にそれを理解し受け入れることができた。
この変化に驚いているのは他でもない、ティエリア・アーデ自身だった。

次の来たるべき日まで、ティエリアはその何気ない日々を送っていた。

それを教えてくれたロックオン・ストラトスと共に。


** ** ** *


パラソルの下に立ちティエリアも目の前に広がる大海原を見つめていた。
何度か見た海だったが、改めて見ると感じ方が違っていた。
澄んだ青い色が綺麗に見える。

「ティエリアも泳ぐだろ?」

腕の筋を伸ばしながらティエリアに声を掛けてくるロックオンに、ティエリアは何も言えずにただ海を見つめる。
その様子にロックオンは一息吐く。
再会して地上へ降りてきてからティエリアの纏う空気が変わっていた。
ロックオンは無理に連れて行かず、待ってるぞと声を掛けて海へと先へ入る。

「ああ」

と答えたもののティエリアの足はそこからは動かなかった。
キラキラと水面が太陽の光を浴びで光る。
反射した光の一つ一つがティエリアの心の中に写り込んでくる。
降り注ぐ光。
その波間で泳ぐ皆の姿。
これまでもそういった姿は見ていたはずなのに、初めて見るような錯覚を覚えた。
笑顔で波と戯れている。
その笑顔につられる様にティエリアは波打ち際に近づいていった。
水着にパーカーを着たままそこに立っているティエリアに気付いたミレイナが声を上げ、ロックオンもその様子を見つめていた。
打ち寄せては引いていく波の動きを見つめる。
不規則なその動きにティエリアはゆっくり足を出した。
打ち寄せた波に足が触れる。
海の水の温度に驚いて触れた足を勢いよく上げるが、その動きにバランスを崩して砂浜に尻餅をついてしまっていた。
その姿をロックオンはハラハラしながら見ていた。
海に触れること自体は初めてではないはずだった。

「アーデさん、波にビックリですね」

ミレイナも見ていたようで笑顔で見つめている。
砂浜に腰を下ろしたままの状態で打ち寄せる波を見つめていたが大きく打ち寄せた波に足が触れる。
何度か触れる波に徐々に慣れたティエリアは立ち上がり波の中に入って行った。
膝下まで入ってみて少し屈んで海の水に触れてみる。
足に感じたように冷たく感じる。
自分でもちゃんとわかる感覚にティエリアは笑みを零していた。

「ティエリア、気をつけろッ」
「……?」


to be.....

Beautiful Alone

「ロックオン、君に指令だ」

リボンズ・アルマークから言い渡される命令を聞く。

「月基地ヴェーダの点検とイノベイターの保護を命ずる」
「僕と同じ子がいるはずさ」

リボンズが言い終わるのを見計らって、傍にいた少年が口を挟んだ。
悪戯な笑みを浮かべて、更に続ける。

「何故か目覚めてしまった、可愛そうなティエリア……。あの子には今、ヴェーダしかいない」
「リジェネ」
「離れていても感じる。あの子の小さな世界」

リジェネと呼ばれた少年は、リボンズの傍を離れロックオンへと近づく。

「ティエリアをよろしく頼むよ」

そう言って部屋を出ていった。
退室したリジェネを視線で確認して、ロックオンはリボンズと再び対峙する。

「でも、何だって俺なんだ?他にも適任者がいたんじゃないのか?」
「他?」
「ああ、点検ならば俺よりも適正なのがいるだろう。俺はどっちかといえば実戦タイプだ、整備や点検は専門外だぜ?」

ロックオンは肩を竦めて事実を伝える。
リボンズもそれはわかっているようで、苦笑する。

「ヴェーダの点検はあくまでも名目だ。今回の主の目的は、イノベイターの確保だ」
「それなら、俺よりもさっきの……」

先程、この部屋にいたリジェネのことを言おうとするが、名前がとっさに出てこずに口を噤んでしまう。
リボンズもロックオンの言わんとしたことがわかったのか、ああと呟く。

「リジェネか…。あの子は会っても保護は出来ないだろう。二人は一対だから、きっと変に刺激し合って終わってしまう」
「一対…」
「塩基配列パターン、リジェネとティエリアは一緒だからね」
「へぇ」
「というわけで、保護という観点から君が一番適任なんだ。頼むよ、ロックオン・ストラトス」
「了解」

ソレスタルビーイング。
そのマザーコンピューター『ヴェーダ』は月基地のあるポイントにある。
リボンズやリジェネは、そのヴェーダに直接アクセスすることのできる人工生命体・通称イノベイターである。
この独自機関に入り、日々色々な作戦や命令を受けていたが、今回はこれまでのものとは違っていた。
この組織の中枢の機密である情報を与えられ、その任に就く。



** ** ** *


着艦した月基地はひっそりとしていた。
明かりが点いているはずなのに薄暗い。
降り立つ場所は他にあるソレスタルビーイングの宇宙基地と同じで、重力処理をされヘルメットがなくても大丈夫だった。
セキュリティを外し、ヴェーダがある中枢へと進む。
自分が此処に入っていることは、ティエリアには知れているはずだから、途中で遭遇できるかと思ったが一向に現れてこない。
最後の扉を開き、中を見ると、そこには大きな機械と一人の少年がいた。
きっとあの大きな機械がヴェーダなのだろう。
そのヴェーダに寄り添うようにティエリアは立っていた。

「……あ」

開いた扉を少年が視線だけで確認する。
容姿はやはりリジェネと同じだが、髪に癖はなくストレートだった。

「お前さんが、ティエリアか?」
「……」

軽く声を掛けるが返答はない。
視線はロックオンを捉えているが、そこには何の感情もなかった。

「頼むから喋って答えてくれないか?俺はイノベイターじゃなく普通の人間だ」

その言葉には少し驚いているようで、瞳がわずかに揺らぐ。
そして大きな機械に視線を向けて、暫くしてから再びロックオンを見る。

「リボンズより指令を受けて此処に来た」

ロックオンの言葉を聞いては、ヴェーダに確認するように視線を向ける。

「お前さんを保護して、連れ帰るよう言われている」

ロックオンは目的をすべてティエリアに話した。
変な探り合いをしても意味はないと感じていたからだ。
今までヴェーダ以外に触れたことのない少年は、人間との関わり方をあまり分かっていないようで、向けられる瞳は、ただ只管に真っ直ぐだった。

「僕は帰らない」

そして、初めて発せられた言葉がこの言葉だった。
伝える事はそれ以外ないというように、逸らされてしまう視線を再び此方に向けたくて、言葉を紡ごうとするが、どう声を掛け、これ以上の説得をすればいいのかがわからない。

「いや、だから……」
「ヴェーダの傍にいる……。それが僕に与えられたことだ」

再び発せられた揺るぎない言葉に、ロックオンは物を言う術を失くす。
此処に生まれ、それだけで生活していた彼の生活を、突然奪う。

「帰って、そう報告しろ」

本当にそれ以外話すことなどないという風に、ヴェーダへと完全に視線を戻してしまった。
短いファーストコンタクトはあっけなく終わった。



to be.....

endless rain



「ロックオン、これはどうすればいいんだ?」

ティエリアと共に生活をすることになって早一ヶ月。
怪我をしていたティエリアは、家に連れて帰るなり熱を出してしまった。
そんなティエリアを看病した。
看病をしていて色々ティエリアに事情を聞こうとしたが、分かったのはティエリア・アーデという名前だけだった。
どうしてあの場所にいたのか、何故怪我をしてしまったのか、何があったのかティエリアは憶えていなかった。
ロックオンは行く当ても無いティエリアをそのままこの家に置くことにした。
足りない生活用品を毎日少しずつ買出しをしている。
今日もその買出しに行ってきた後だ。
ティエリアが手に持っているのは食器用洗剤だった。

「それは、キッチンの棚に同じのが置いてあるからその隣だ」

ロックオンはキッチンで昼食の準備をしながら答える。
ティエリアは言われたとおりキッチンに入り、ロックオンの指し示した棚に洗剤を置く。
まだ何が何処にあるのかを覚え切れてないティエリアは一つ一つ聞いて確認して買ってきた物を片付ける。
記憶を失っているせいか、一般常識が乏しいような感じがしていた。
そういった良くある商品も分かっていないことがある。
何に使うものなのかと色々問い掛けられることが多い。
まるで、今まで使った事が無かったような口振りにロックオンは驚くことが多かった。
そんなティエリアを、仕事が入ったときに一人にしなればならないかと思うと心配だった。
毎日仕事がある訳ではないが、依頼があれば動かざるを得ない。
それにロックオンはティエリアに自分の仕事のことは明かしていない。
裏社会でロックオンの名を知らない者は居ないほどのスナイパーだ。
どんな状況下でも、一発で決める腕はロックオンの右に出るものはいない。
ずっと隠しているつもりは無いが、今のティエリアには知らせるわけにはいかなかった。
今の現状を把握することに手一杯なティエリアに複雑な事情は話せない。

「ロックオン?」

調理が終わっても動く気配の無いロックオンを心配そうに見上げるティエリアの視線に気付き我に返った。

「あ、ああ。何でもない」

咄嗟に笑顔を作り言葉を返す。安堵の笑みを浮かべたティエリアは再び買ってきた物の整理を再開させる。
ロックオンも手伝おうとした時、ポケットに入れていた携帯が鳴った。
今まで鳴ったことが無い音にティエリアがビクッと身体を震わせて驚いていた。
ロックオンは安心させるように、そんなティエリアの頭を撫でて、携帯を手に取り、電話に出る。

「もしもし」
『あ、ロックオン?』
「どうしたんだ、ミス・スメラギ。こんな昼間っから」

電話は仕事の仲介をしているスメラギ・李・ノリエガからだった。
不意によぎる予感をロックオンは感じていた。

『仕事よ、仕事』
「だろうな」

予感は的中しロックオンは肩を竦めた。
そんなロックオンをティエリアは荷物の整理の手を止めロックオンの電話の受け答えの姿を見つめている。
ロックオンはその視線を感じながら電話へと集中する。

「場所はいつもの所でいいのか?」
『受けてくれるの?』
「内容によるさ。まずは話を聞かせてくれ」
『わかったわ』

予感は現実になる。懸念していたことが早速起きてしまったことに、ロックオンは電話を切り一息吐く。
そしてずっとこちらを見ているティエリアを見る。
視線が合うと、ティエリアは口を開く。

「また出掛けるのか?」

会話の断片を聞いてそう問い掛けてくるティエリアにロックオンは首を振った。

「いや、ティエリアは家に残っていてもいいぞ」

家に一人にはしたくないが、仕事のテリトリーへは連れて行きたくない。
遠回りに来なくていいと言っているのだが、ティエリアには通じてないようだった。

「一緒に行く」
「そうか」

やはりなと、案の定な結果に心の中に溜息を吐く。

「じゃあ、片付けて飯食ったら出掛けるぞ」

ロックオンの言葉にティエリアは頷いた。




to be.....