――僕を忘れないで……
「病室、間違えてるよ」
ニールの意識が戻った次の日ティエリアはいつものように、大学の講義を終えて病院へ向かった。
少しドキドキしながら病室の扉をノックすると、中から「はい」と声が聞こえる。
その声が大好きなニールのモノだと確認して中へ入る。
ニールはベッドを少し起こした状態でいた。
ティエリアは少しの恥ずかしさと嬉しさを胸に抱えてニールを見つめて声を掛けようと口を開いたところで掛けられた言葉が『病室、間違えてるよ』だった。
その言葉にティエリアはそのまま固まってしまった。確かにティエリアを捉えているニールの表情に冗談が含まれているとは考えられない。
「どうしたんだ。迷ったのか?仕方ないな、今ナースコールを……」
動かないティエリアを怪訝そうに見つめ、迷子だと結論付けたニールはナースコールで看護士さんに目的の病室に案内してもらえばいいと動いたところで、ティエリアは病室から飛び出した。
飛び出して閉じた扉を背に動けずにいた。
まったく見知らぬ他人を見る目。
優しく自分を見つめてくれていた瞳など欠片もなく、疑心の眼差し。
その事実にティエリアは頭で整理をしたくても、まったく出来なかった。
昨日、意識が戻ったばかりだったのもあり、ライルは仕事を早めに切り上げて病院に来た。
きっと今頃、大学の講義を終えているティエリアが久々に二人きりで話をしているだろうかと思いながら、病院の廊下を歩いているとニールの病室の扉を背にしているティエリアを見つけた。
「ティエリア?」
不思議に思って声を掛けるが反応がない。ティエリアの様子にライルは眉を顰める。
「どうかしたのか?」
強ばった表情に微かに震えている体、いつにない様子にライルは事情を聞こうと手を伸ばした、その瞬間ティエリアはライルの横をすり抜けるように走り去ってしまった。
引き留めようとした瞬間に見えたティエリアの涙にライルはティエリアの腕を掴み引き留めることが出来なかった。
一体、病室の中で何が起きたのか、ライルは中にいるニールに確認しようと病室に入った。
「兄さん」
入って声を掛けると外を眺めていたニールの瞳がライルを捉え苦笑した。
「ライルか、心配掛けたみたいだな」
ティエリアがあんな状態で出ていったのを、まったく気にしていないニールの応対にライルは疑問が募る。
「まったく、何日間意識がなかったと思うんだ?」
「悪かった。自分も意識が戻ったときに驚いた」
ライルはいつもどおりのニールだと、話していて思う。
「ティエリアに会ったんだろう?ゆっくり話せたのか?」
もしかして、ティエリアは回復したニールを再確認しての嬉しさの涙だったのかもとライルは思いニールに問いかける。
「ティ、エリア?」
杞憂だったかなと思ったライルの耳に、信じられない言葉が続いた。
「それは誰だ?」
「だ、誰って……」
ライルは返答に困ってしまった。ニールの反応から冗談で言っているとは思えない。
けれど、彼の中で一番大切であろう人物を忘れるなんていう事があるのかと。
コンコン
音と共に扉が開き、アニューが顔を出す。
「あら、ライル。やっぱり来てたのね、ティエリアは?」
アニューはさもここにティエリアも一緒にいるのだと思ってライルに声を掛けながら中へと入る。
「あ、アニューじゃないか」
「こんにちは、ニール」
ティエリアの名前を聞いたときの反応とは違い、アニューには今までどおりのニールだった。
「心配掛けちゃったな」
「まあ、そうね。けど、私よりも心配した人いるから、そっちに謝って」
アニューは病室を見渡してティエリアがいないので、一番ニールを心配していたティエリアにあえて名前を出さずニールに言った。
「そうだな。本当に心配掛けて、すまなかったな。ライル」
ニールはアニューの期待に反して横にいるライルに声を掛けた。
「そっちじゃ…」
アニューは確かにライルも心配していたけどと思いながら、ニールがティエリアを気にしないことに疑問を抱く。
「アニュー、いい」
「えっ」
耳元でライルが小さくアニューを止め、耳元で小さく話す。
「兄さん、ティエリアを覚えてない」
その言葉にアニューは固まった。ライルはそんなアニューの肩を優しく叩く。
「兄さん」
「ん、どうした?」
「ちょっと、医師に挨拶に行ってくるよ」
ライルはそう言うとアニューを連れて病室を出た。
to be.....