*carbuncle


没ネタ1


酷く静かな空間だった。

そう思った時にはそこにいた。
ティエリアの前に広がる草原、他には何もない。
空は白みがかった青。
宇宙ではない、けれどティエリアの嫌いな地球の地上でもなかった。
身体に掛かる重力が余り感じられない。
そこには空と草原とティエリアだけだった。


つい先ほどまであったはずの戦いが今はない。
確かに覚えているその出来事が、何か現実味を感じない。
ここが一体何処なのだろう。
思ってはいるが、心の中でここが死後の世界なのではないのだろうかと漠然と感じている。
けれどもこんなにも心もとない所なのだろうか。
そして誰もいない所なのか。
色々思うところはあったが、自分が知りえない場所に来ている。
それは変わることのない事実だった。
いつまでもここに立ちつくしていても仕方がないと思い始めたティエリアは、何かに導かれる様に歩きだした。
誰かに呼ばれたわけではないのだが、どうしてもそちらの方に向かいたくなった。
草原を歩いているはずなのに、足元には草の感触がなくすんなりと歩けた。
陽射しというものもなく、風もない。
歩くという感覚だけがあり、それ以外は何も感じない。
ティエリアは歩きながら、つい先ほどまであった戦闘を思い出した。
ジンクス二機との戦いでナドレは制御不能になり、仲間のもとへ戻ることも困難な状況だった。
まだ終わらない戦いがこの先にも続くことは予想が出来た。
だから、重要な太陽炉を仲間の元へ送ることだった。
幸い、それはあの状況でも行うことができた。
まだ望んだ世界は出来てはいないが、自分の役割はきっと果たすことが出来た。
あのままあそこで事切れたのならば本望だった。
先程だとは感じてでも、事切れてからどのくらい経ったのだろうか。
ふと思えば色々な事を思ってしまう。
あれだけの劣性。
アレルヤや刹那――…
プトレマイオスのクルーは無事だったのだろうか。
あの人のように、そして自分のような結末にはなって欲しくはない。
計画が始ってから、こう思うようになってしまった自分に少し驚いた。
こうやって命を散らすことは計画が始まる前からわかっていたことだった。
そしてそれを覚悟の上で参加した。
それは計画の遂行者ならば全員が覚悟していることだ。
そう思っていた。
自分の変化はあの人の影響。
あの人はこうやって死んだ自分にどんな顔をするのだろう。
会いたいと願い続けた人はここにいるのだろうか。
あの人の為に戦い続けた、こんな自分を彼は迎え入れてくれるのだろうか。
思い始めてしまった心の不安にティエリアの足は止まっていた。

自分の足元を見つめ、急に歩くことが怖くなる。
立ち止まったまま動けずにいると今までなかった風が吹いた。
それは髪の毛を少し揺らす程度だったが気付くには充分だった。
何故突然それが吹いてきたのか。
意味はわからないが、その方向に何かがあるかもしれないと再び歩くことにした。
何かが呼んでいるようなそんな気がした。
どのくらい歩いたのだろう。
果てしなく続くその草原に終わりは見えない。
けれど、ティエリアは歩いた。
ふと、前に何か人影のようなものが見えた。
遠目ではっきりとは見えないが何かが立っているのはわかった。
この途方もない世界で初めて見えた人影にティエリアの足は急ごうとするが、歩く以上には早くはならず、気持ちと行動がかみ合わなかった。
徐々に近づいてわかる姿は、ティエリアがもっとも逢いたかった人の背中。
それがわかった瞬間に高鳴る胸の鼓動がうるさかった。
振り向いて欲しくて、ティエリアは彼を呼ぶ。
が、声にはならず、息を吐き出すだけになってしまった。

『ロックオンッ!』

声に出したいのにうまく出すことができすに、自分に気付いてほしくて必死に手を伸ばし口を開く。
声の出し方さえも忘れてしまったのかと、悔しくなる。
近づくにつれ足も重くなってきてしまう。
それが先ほどの不安が再び湧き上がってくる。

『ロックオン』

何度目になるか、わからない名前はやはり音にはならない。
次第に瞳には涙が溢れてくる。
もうすぐ触れられる距離まで来てもう一度声に出そうと口を開く。

『ロックオンッ!!』

声にすることは出来なかったが、突然ロックオンが振り返りティエリアの姿が視界に入る。
瞳が驚きに開く。

「ロックオンッ」

今までの事が嘘のように声が出て、足の運びも軽くなる。
会った時には言いたい事がたくさんあったはずなのに、いざ目の前にすると言葉が浮かばず涙だけが零れ落ちる。
伸ばした手がようやく触れることが出来た瞬間、ティエリアはロックオンの服を握りしめ抱きつく。

「…ティ、エリア?」

記憶だけだったロックオンの声にティエリアはただ泣くことしかできなかった。
抱きついて泣いているティエリアにロックオンは優しく頭を撫でてくれていた。