*carbuncle


kitty


仕事に忙殺される。
毎日を忙しく過ごしているニールは、頭にそんな言葉が浮かんだ。
決して、今の仕事が嫌いだということではない。
今の仕事は自分がやりたくて就いた仕事で、誇りもある。
けれど、日々のスケジュールは過密すぎて余裕がない。
それだけ忙しいというのはありがたいのだが、息抜きする時間ぐらいほしいと胸の奥で思う。
今も、次のクライアントとの約束の時間まで後数分。
走って間に合うかわからないが、とりあえずニールは走っていた。
タクシーを掴まえようかとも思ったが、ワンメーターもないのに、経費がもったいないと走ることにしたのだが昼の時間ともなって食事を取ろうと外へ出ている人が多いので、色々な人にぶつかりそうになって、タクシーにすれば良かったと少し後悔した。
走りながら腕時計を確認したときだった。
勢いよく何かとぶつかってしまった。
自身への衝撃はそうでもなかったのだが、ぶつかった相手はそうではなく、ニールとぶつかった勢いで道路に尻餅をついていた。

「すまない。急いでいて」
「……」

相手は突然のことに呆然としている。
学生なのだろうか、このオフィス街にはいない、カジュアルな姿だった。
ぱっと見、女の子と間違いそうなくらい綺麗な顔立ちの少年に、ニールは簡単に声を掛ける。

「大丈夫か?怪我は?」
「いえ」

返事の通り大きな怪我もなさそうなのでニールは心の中で安堵した。
手を差し出し、相手を立ち上がらせてニールはもう一度謝罪して先を急いだ。



走り着いた約束の場所の喫茶店で、ニールは時間を確認する。
ちょうど約束の時間だ。
店内に入り先に到着している仕事の片腕でもあるアレルヤがニールに気付き手を挙げる。

「間に合ったね」
「ああ。なんとかな」

スケジュールがギリギリだったのはアレルヤも承知だったので時間通り到着したニールに労いの言葉を掛ける。

「依頼人は?」
「ああ、こちらに」

アレルヤはニールを店内の自分たちの席へと案内させた。
今日はこれから離婚訴訟の打ち合わせだ。


ニールは駆け出しの弁護士だ。小さな弁護士事務所に所属して毎日を忙しく過ごしている。
通常ならば大手弁護士事務所に入って経験をつむのだろうが、過去に世話になった弁護士、イアン・ヴァスティのやっている小さな弁護士事務所を拠点として働くことにした。
小さな事務所と言いながらもオフィス街の真ん中にあるという立地はイアンの実力があるということを物語っている。
そのお陰もあってかニールは忙しい毎日を送ることになっている。
まだ名も知れない若いニールにこれだけ仕事が舞い込んでくるのもイアンの腕がいいからだ。
クライアントとの打ち合わせも終わりニールは事務所へ戻りながら、これから待ち受ける書類整理の山を思うと足取りが重くなる。

「戻りました」
「おかえりなさい」
「おかえり」

アレルヤとともに、事務所へ戻ればイアンとイアンの片腕でもあり、奥さんでもあるリンダが笑顔で迎えてくれた。

「今日は忙しかったでしょう?」

リンダがコーヒーを出しながらニールに声を掛ける。
今日のニールのスケジュールはどうしてもクライアントの都合でギリギリにするしかなかったことをイアンもリンダも承知していた。

「さすがに間に合わないかと思ったけど、なんとかギリギリ大丈夫だったよ」
「そう。なら良かったわ」

安心して微笑むリンダにニールもつられて微笑んだ。

「今日はさっさと終わらせて、帰るぞー」
「はい」

イアンの言葉に返事してニールは積みあがってしまっている書類に目を通し始めた。



書類整理を急ピッチで終わらせ、ニールは自宅へと帰宅した。
ニールは事務所から三十分の場所にある高層マンションを自宅としている。
事務所がオフィス街にあるのでどうしても近場となっても地下鉄で通わなければならない。
職場は近すぎない方がいいと言うが、少しの時間も惜しいと思えるニールにはもう少し近い場所を自宅にすればよかったようにも思うがこのマンションの立地を考えるとここが一番最善だったのかもとも思う。

駅から近く、近所に小さいがショッピングモールもありこの辺一体で事足りてしまうのはとても良かった。
すっかり夜も更け、カーテンを閉めていない窓からは綺麗な夜景が見えていた。
部屋の電気をつけてソファに腰掛けてからネクタイを緩め深く息を吐く。
ふと、今日ぶつかってしまった少年を思い出す。
ニールよりも遙かに小柄な少年はニールとぶつかった衝撃で尻餅をついていた。
幸い怪我はなかったようだが、完全にニールの方が悪かったように思える。
これで、女性で怪我でもさせてしまっていたらと思うとニールは何事もなくて良かったと思わずにはいられなかった。



to be.....