マイスター一人一人に与えられる部屋に来訪を知らせる音が響いた。
ロックオンはそれが誰かわかっているかのように一度瞼を閉じ苦笑を漏らしながら扉を開けた。
「あ…」
そこには突然開いた扉に驚いているティエリアがいた。
室内から誰なのか確認の声がするとでも思っていたのだろう。
出てきたロックオンを見つめ声を出すのも忘れているようだった。
「どうした?」
そんなティエリアを予想していたロックオンは心の中で苦笑しつつ声をかけた。
その声に我に返ったティエリアは慌てて言葉を探していた。
「あのっ…」
「ここじゃ落ち着かないな。中、入れよ」
ロックオンのその言葉にティエリアは無言で頷き即されるまま部屋の中に入った。
部屋の中にはベッドと小さな棚があるだけのシンプルな造りになっている。
ロックオンはティエリアにベッドへ座るように即したがティエリアは立ったままでいたので、ロックオンがベッドへと腰を下ろした。
「で、何か話しがあったんだろ?」
部屋で休むように言って別れたのはまだ数刻前だ。
「痛むか?」
「えっ?…ああ、大丈夫。だからメディカルルームから出られたんだろ?」
モレノとの会話を聞いていないティエリアには、それが嘘だということがわからない。
ロックオンはそれをいいことに嘘をついた。
目の前で今にも泣き崩れてしまいそうなティエリアにとてもじゃないが本当の事は言えなかった。
「だがっ、すぐ治るような怪我ではないだろう」
「でも、出られたんだ。それは事実だろう?」
諭すように優しく言うが、その言葉とは反対にティエリアの瞳にはどんどん涙が溜まっていった。
ロックオンが声をかけようとしたと同時にティエリアの手がゆっくりとロックオンの眼帯に伸ばされた。
触れるか触れないかという微妙な位置で止められたその手をロックオンはそっと握った。
すぐに引っ込め様としたティエリアだが、ロックオンはそれを許さず握ったままでいた。
その動きでティエリアの瞳に溜まっていた涙が宙に浮いた。
「大丈夫だ」
「……っ」
「泣くな。俺は平気だから」
「でも…」
一度溢れた涙は止まらず溢れ続ける。
ティエリアは空いているもう一つの手で今度こそ眼帯に触れた。
「貴方の大事な目が……」
そしてそのままロックオンの頭を抱きしめた。
「利き目なのにっ」
唇を眼帯にキスするように触れたままティエリアは涙を流していた。
ロックオンはかける言葉を探しながらティエリアの背中を撫でた。
背中を撫でていてロックオンは改めてティエリアの体の細さに驚いた。
元々、私服姿を見ていて線が細いのはわかっていたのだが、触れてみて更に実感した。
マイスターとしてガンダムに乗ってあのGに耐えている体とは思えなかった。
そんなことを思っているとティエリアが少し体を引いて顔を見つめてきた。
まだ、瞳には涙が溢れている。
ロックオンは背中に回していた手でメガネを外しベッドへと置いて、目尻にある涙を拭った。
「こんなに泣いて、腫れるぞ」
ロックオンの軽口にもティエリアの表情は変わらなかった。
変わらぬ表情にロックオンは苦笑して目尻で涙を拭っていた手を伸ばしティエリアの後頭部に触れた。
そしてそのままティエリアを引き寄せ目尻に溜まった涙を唇で吸い取った。
流石になされるままだったティエリアも驚いてロックオンを見つめていた。
至近距離で見つめ合う形になりロックオンはそのまま額をくっつけた。
「ようやく止まったな」
そう言って後頭部に伸ばしていた手で頭を撫でた。
「……して」
「えっ?」
それまで黙ったままでいたティエリアが口を開いた。
「どうして?」
また泣いてしまいそうな声音にロックオンは焦ったが、ティエリアの瞳から涙は零れなかった。
「どうして優しいんだ…?」
本当に理解できないという表情でロックオンを見つめていた。
そんなティエリアにロックオンはどう言ったものかと思案した。
仲間だからというのはある意味一つの正解だ。
だが、少しの嘘でもある。
怪我の事で一つの嘘をついてしまっているので、これ以上ティエリアに嘘はつきたくなかった。
けれど、その本当の事をティエリアがわかってくれるかがわからなかった。
最近になってようやく人間というものを理解し始めたというのに。
なのにあのありきたりな回答は言葉に出すことが出来なかった。
ロックオンの言葉を真剣に待っているティエリアに不誠実な事は出来なかった。
「……恋してるから」
「……?」
「好きだから、守りたかった」
ロックオンは静かに、けれどはっきりと告げた。
「好き……」
ティエリアはその言葉を噛みしめるように復唱した。
「だから泣くな。好きなやつには泣いてほしくないからな」
「そんな…」
ティエリアはロックオンの言葉に何か言葉を返そうと口を開こうとしたが、ロックオンの指によって遮られた。
「何も言うなよ」
笑顔でそう言うとロックオンはティエリアの額にキスをした。
それに驚いたティエリアは額を手で押さえて体を引いた。
「なに?」
「泣かないでいてくれればいいさ」
ロックオンは瞳を閉じそう呟いてティエリアに笑みを向けた。
ティエリアはそれをただ見つめていた。
そして一度離れた距離をまたつめ、ロックオンの頬に手を伸ばした。
「?」
「何故、そんなにも泣きそうな顔をする?」
「そう見えるか?」
ロックオンの問いにティエリアは黙って頷いた。
「どうしてだろうなぁ」
自嘲気味なロックオンの言葉にティエリアは困惑した。
ただわからずにロックオンの瞳を見つめていた。
見つめていた瞳から見えてはいない涙が零れている様に見え、先ほどロックオンが自分にしてくれたように唇を寄せた。
「お、おいっ」
「……?」
ティエリアの突然の行動に驚いたロックオンは慌ててティエリアの手を取った。
何をそんなに驚いているのかわからないティエリアは不思議そうにロックオンを見つめた。
「さっき、貴方もしてくれた」
「涙が零れているように見えた」
ティエリアの言葉にロックオンは笑みをこぼした。
「そうか。でももう大丈夫さ」
「……」
「ほら、今度こそちゃんと部屋で休めよ。いつまた敵がやってくるかもわからないからな」
ロックオンの言葉にティエリアは小さく頷いてロックオンから離れた。
静かにその部屋を後にしたティエリアの背中を見送ってロックオンは息を吐いた。
「ごめんな、ティエリア」
伝えるつもりもなかった自分の気持ちを伝えてしまった。
ただでさえヴェーダという後ろ盾がなくなって混乱しているのに更に混乱させるようなことをしてしまった。
そんな自嘲に気付いて慰めようとしていた。
徐々に角が取れて人に気を使おうとしている。
その方法がまだわからず、自分の行動を真似していたことを思い出しロックオンは笑みをこぼした。
その行為が通常することとは違うと気付いた時、自分はまだティエリアの傍にいられるだろうか。
それを許される立場にいられるだろうか。
けれどもそんな願いも、無理なものなのだろうと思う。
自分たちは人を殺めた罰をいつか受けなければならない。
それはきっと誰かと思いを通じ合わせ幸せに暮らすことは出来はしない。
ただ、人に愛され愛することを知らなかったティエリアにはそれを知って欲しかったような気もする。
それはきっと余計なお世話なのだろう。
to be.....