*carbuncle


心に映る君は

作戦行動のないある地上での出来事。
天候は澄み渡るほどの青い空。
太陽の光が心地よく、波の打ち寄せる音が一時的ではあるが戦いの日常を忘れさせていた。


ティエリアは砂浜に一人佇み打ち寄せては引いていく波を見つめていた。
波とともにすり抜ける潮風に宇宙では感じることの出来ない感覚を味わっていた。

「何か見えるのか?」

不意に掛けられた声に驚き振り返ればそこにはロックオンが笑みを浮かべて立っていた。

「…特には」
「じゃあ、真剣に何を見つめてたんだ?」
「波…」
「波、ねぇ」

ティエリアの言葉を反復してロックオンも波を見た。
あまり地上にいたがらないティエリアは降りてきたとしても今までは地下に籠もってしまったりするのだが、最近はそれもなくなっていた。
ヴェーダという大きな支えのない現状はティエリアという存在を危うくさせていた。

「あまりここで立っていても熱射病になっちまうぞ?」
「…?」

キョトンとした顔で聞き返されてしまいロックオンはうろたえてしまった。
そして、すぐにあまり地上で過ごした事のないティエリアがそういったことに疎いのかもしれないと思い至り話題を変える。

「まあ、そこでボーっとしてないで、皆でカレーでも作って飯にしようぜ」
「カレー」
「さっき、イアンのおやっさんが材料買ってきてくれたんだ」
「あ…」

ロックオンが指し示した先にはテントの下で買ってきた材料を広げているイアンとそれを手伝っているアレルヤがいた。

「手分けして作ろうぜ」

ウインクして言うロックオンにティエリアは無言で歩き出した。
ロックオンは肩を竦めてその後を歩き出した。
前の彼からは予想も出来ない変わりようにロックオンは少し痛ましげに前を歩くティエリアを見つめた。
確固たる自信から来る言動や態度がなくなり、硬い殻の中にあった脆い部分が剥き出しになってしまっているような気がしてならなかった。


「人間らしく…とはいっても、危なっかしすぎる」


踏みしめる砂浜が日差しを浴びて温かくなっているのが感じられた。


みんなで作ったカレーを食べて気付けば海岸線では夕暮れ時へと景色を変えていた。
ロックオンは波打ち際を歩いて海に沈む太陽を横目で見ていた。

ふと目に入ってきたのは岩場の上に座って海を眺めているティエリアの姿だった。
膝を抱え込んでただ波を見つめている。
その姿は日中感じたものと同じで酷く危なっかしい。
波を見つめている横顔を潮風が吹き抜けて髪を撫でていく。

「ティエリア」
「…っ」

声を掛けると驚いて振り返った。

「ロックオン」
「そんな岩場に上って何してんだ?」

返ってくる反応は困惑したものだった。
返事が返ってこないがロックオンはそのまま気にせずにティエリアのいる場所へ行くべく岩場を登り始めた。

「なっ…」

登りだしたロックオンにティエリアは驚いていた。

「く、来るなッ」
「いいじゃねぇか。景色綺麗だろ?」
「そんなことはない」

登ってティエリアの横に立つ。

「海に沈む太陽ほど綺麗なものはないだろう?」
「……」

黙ってしまったティエリアの横に一緒に腰掛けた。

「あなたはどうして…」
「ん?」

ぼそりと呟いた言葉に耳を傾ける。
ティエリアは海を見つめたままだ。
ロックオンも同じように海を見つめた。
広がる波に太陽が沈み鮮やかな赤が写っていた。

「もう少し、自分のことを…」
「考えてるさ」

言葉を遮って返ってきた言葉にティエリアはロックオンを見た。

「もう考えすぎて嫌になった」

岩場に当たる波の音がやけに鮮明に聞こえる。

「そうなってくると他人の事を見ている方が楽なんだ」
「そんなっ」
「お前はまだ自分のことでいいんだよ」
「えっ」
「まだ、自分のことでいいんだ。今まで考えたこともなかったんだろ?」

そのままずっとロックオンの横顔を見つめていたティエリアはその言葉に困惑した。
ヴェーダとその任務。作戦の成功の為に過ごしていた日々。
それは考えていなかったことなのか。そのことは自分の存在そのものだっただけにとてもその言葉への返事に困った。

「それでいい」
「えっ」

ティエリアは急にロックオンに見つめられ呆気にとられている間に額に当てられた唇に気づくのにロックオンが岩場を降りて波打ち際を歩き出してからだった。


沈む夕陽は海に溶けるように消えていった。

―――心に映る君は……



Fin.....